「e-konの道をゆく」掲示板

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- kotaro

2017/07/12 (Wed) 04:01:07

暑くなりましたね。
イタリア語でストラーダ。今夜は道について考えています。
よく「道を間違える」と言います。道はなんのためにあるのかと言うと、二つ以上の地点を結び、お互いの行き来を行うためのものでしょう。
ところが人生とか、政治や、学究の取り組みはじめ、人が生きて行く時にも、よく、道を間違えていないか、と聞かれることがあります。
これは後戻りの出来ない道のように思われ、ひとは時に、それに気付いて「はっ」とします。
今はよく言われるのが、日本が戦争前までに歩んでいった一連の経過。「いつか来た道」です。

今夜は政治のことを取り上げる積もりはあまりありません。しかし現総理の政治が最近、混乱し始めたように見えてきました。
「おや?」と思うことは、道を歩いていて、しょっ中考えることです。
写真の風景は1990年、真夏に撮影した島原半島の裏、千々石あたりを戦前に、海の高い所を走っていた幻の鉄道の跡です。
気がつくと私も随分いろいろな道を歩いて来ました。
これで良かったのかと、迷ったり振り返ったり。でも道はどこかに出られると思うから、前に進めるような気もいたします。

Re: 道 - e-kon(管理人)

2017/07/13 (Thu) 00:26:58

こんばんは、kotaro 様
書き込みいただき、ありがとうございました。
ここのところ大変蒸し暑い日が続いていますね。

おっしゃられるように、道は二つ以上の地点を結び、お互いの行き来を行うためのもの。それは目的地点があって、それに向かって造られたもの、もしくは目的地に向かう多くの人がいることで、踏まれていく中で道の形態を成していったもの、様々な場合があることでしょう。でもその役割を終えたり、間に障害物ができたりなどすると、自然消滅的に道は消えていきます。

最近、明治の頃の古道を調べる機会が結構あるのですが、山間部においては今よりはるかに多い道が、集落間ではりめぐらされていました。それは集落同士を行き来する必要があったり、はるか遠い目的地に向かうために集落感をつなぎながら延びていったり、などで存在していたもの。そういった消えていった道を探っていくと、その地の辿ってきた歴史が見えてきたりして、なかなか興味深いものです。

目的が見えていて、それが納得できるような道であれば、歩むしんどさも造る困難さも我慢できるのでしょうが、目的が見えず、誰のために何のために進んでいるのかわからないような道を歩むのは、なかなか辛いものがあります。そういった時に少し振り返ってみる余裕があれば、過去の過ちが見えて多くのことを学べるのに、などよく感じることです。

添付いただいた写真に写っているのは、プラットホームでしょうか。廃線跡を大規模な自転車専用道路にしたものの、根本的に人が少ないため利用者もなく、荒れ果ててしまっている自転車道(廃線跡)を北海道の旅で何度か目にしました。その時、地元でできるのは自転車道を造るまで。人がいなくなった中ではそれ以上なす術もなく、ただ疲れ横たわる地方の実態が見えてきたように感じました。

写真は廃線となった天北線の浅茅野駅跡です。

Re: 道 - kotaro

2017/07/16 (Sun) 10:17:08

天北線は現役時代に二度乗車しています。
この写真はカラーです。1980年9月1日に、今はなき興浜南線、宗谷バス、北線と乗り継ぎ、浜頓別から稚内まで乗りました。終着の時間にはどっぷり夜の闇の中でした。
浅茅野付近で夏のオホーツクの日没と、横たわる原野に鬼気迫る思いをしながら、不思議な光景に魅入られていました。
写真に一枚納めましたが、光量が落ちており、カラー粒子ではこんな発色しか撮れませんでした。
しかし、私の印象は、こんなモノクロームに近い風景だったかもしれません。
僅かな光芒が海に沈んで行く水平線と、狼の出そうな原野と、それは凄まじいというのが正しいのか、美しいとさえ思われた記憶の車窓でした。

Re: 道 - e-kon(管理人)

2017/07/17 (Mon) 12:33:39

現役の頃の風景をご覧になられているのは、本当に羨ましい限りです。

北海道をさまよっている時に網走〜宗谷間もウロウロし、興浜北線、興浜南線、名寄本線の廃線跡を少し見てまわったのですが、この原野によくぞこのような鉄路を…など思ったものです。待望の鉄道!などと脚光を浴びた時期が間違いなくあったと思いますが、今また原野に還っていくこれらの風景を見ても、「役目を終えた」などと感じることはできません。遺構が何を伝えるのか、これを理解したいものです。

写真は、興部の少し南の原野に流れる藻興部川に架かっていた橋梁(名寄本線)の遺構です。

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